日本の植物工場の歴史と現状:企業の挑戦と未来展望

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日本の植物工場の歴史と現状:企業の挑戦と未来展望

植物工場の歴史

日本企業による植物工場事業への参入と撤退の歴史

日本における植物工場(主に人工光型)の歩みは、おおむね3つのブームに区分できます。

第一次ブーム(1980年代)では、1985年のつくば科学万博で日立製作所が人工光型モデルプラントを展示し、千葉県のショッピングモール内に見学可能な植物工場が併設され話題となりました。当時は高圧ナトリウムランプ照明の単段栽培で、日本植物工業学会が設立されるなど産官学で黎明期を切り拓きました。

第二次ブーム(1990年代)になると、マヨネーズメーカーのキユーピーが販促のため小型植物工場ユニット販売を開始し、日の丸型ベッドや噴霧水耕など標準化した装置で日産500株規模の生産を実現しました。また1992年には農林水産省が新たな生産体系として植物工場の施設補助を開始し、施設数が増加しました。

第三次ブーム(2000年代~2010年代)には、LED照明の進化も相まって多段式で日産1万株以上の大型プラントが現れ、2009年には農林水産省・経済産業省による巨額補助金(農水97億円+経産50億円)を契機に参入が活発化しました。2010年には国の成長戦略に植物工場が明記され、大企業からベンチャーまで異業種参入が相次ぎました。

しかし、その後採算悪化により撤退する企業も少なくありません。

実際、2009年以降に新設された施設の6割以上は小規模実験レベルに留まり、第一世代(80–90年代)と第二世代(2000年代)に参入した事業者の半数以上が撤退しています。第三世代(2009~2013年の市場拡大期)開始組でも約3割が撤退に至りました。

要因として、生産ノウハウやコスト管理の不備による早期撤退、改善努力をしたものの10年程度での限界、外部環境の悪化(コロナ禍の需要減や光熱費高騰)、設備老朽化、試験的プロジェクトゆえの短期終了などが挙げられます。

このブーム期に、多様な企業が植物工場事業に参入しました。建設大手(鹿島、大成、清水)や商社(丸紅)も設備建設やユニットレンタル事業に乗り出し、ベンチャーでは株式会社みらいなどが登場しました。

電子機器メーカーも積極参入し、富士通はリーマンショック後の遊休クリーンルームを活用して2013年に会津若松で植物工場ビジネスを開始(低カリウムレタスを栽培)。パナソニックも2013年に福島工場でアグリ事業を立ち上げ、遊休工場の再利用を図りました。一方、東芝は旧フロッピーディスク工場を転用し2014年に神奈川で「東芝クリーンルームファーム横須賀」を稼働させました。

また外食産業では大戸屋HDが野菜自給目的で参入した例もあります。

大企業の参入と撤退事例

大企業による参入の中には短期間で撤退する例も目立ちます。

東芝の横須賀工場は2016年末に閉鎖され、野菜生産事業から撤退しました。理由は「露地野菜より価格が高く販売が伸びず赤字が続いたため」とされ、蛍光灯主体でエネルギーコストが高止まりし黒字転換できなかったことが背景です。東芝は無農薬・高付加価値を売りに「Salad Cafe」ブランドで百貨店販売を試みましたが割高感を払拭できませんでした。

収支改善策として企画された機能性野菜(高ポリフェノール等)も本格展開できず、販路開拓や差別化に失敗したことが響きました。なお東芝は撤退後、照明・環境制御技術を活かした機器販売などB2B事業に注力しています。

パナソニックも2023年8月までに野菜工場事業から完全撤退しています。福島の旧工場で2013年から始めた栽培事業は採算が合わず、別会社による受託生産に切り替えた後、建物老朽化もあり閉鎖決定に至りました。参入時の狙いは遊休資産の活用でしたが、農法は従来型の延長に留まり、生産ノウハウを持つ人材確保にも苦戦して従来農業との差別化を図れなかったと分析されています。

このように大手電機メーカーでも撤退例が相次ぎ、富士通は2020年に自社の農業クラウド「Akisai」の主要サービス提供を終了、外食の大戸屋HDも事業撤退するなど、当初の思惑通り進まないケースが多発しました。

事業を継続・拡大する企業の例

一方、全てが失敗に終わったわけではなく、事業を継続・拡大している企業も存在します。

富士通は植物工場運営で得た知見をもとにフィンランドで合弁会社を設立し、高緯度地域での野菜生産ビジネスに乗り出しています。パナソニックもシンガポールなど食の安全志向が高い市場で海外展開を進めました。

また、異業種ではノーリツ鋼機が2009年に子会社NKアグリを設立して3,000坪(約1ヘクタール)の巨大植物工場を建設、独自ブランド野菜「AQUA LEAF」を約4,000店舗のスーパーに出荷するまで成長させました。NKアグリはIT活用の先進農業で注目されましたが、初期投資負担による赤字基調や大型台風被害もあって2020年に事業撤退しています。

このように、日本企業の参入と撤退の歴史は過剰な期待と挫折の繰り返しでしたが、同時に技術とノウハウを蓄積し次につなげる過程でもあったと言えるでしょう。

日本における植物工場の成功事例と失敗事例

成功事例

日本国内では、多くの植物工場が赤字に苦しむ中で成功を収めた例もわずかながら存在します。

その代表格が京都発のスタートアップ株式会社スプレッドです。スプレッドは2007年稼働の「亀岡プラント」で試行錯誤を重ね、約6年後の2013年に世界初とされる単体黒字化を達成しました。自社開発の技術とノウハウでブランド野菜「ベジタス」を量産・商品化し、2013年以降黒字経営を継続。2018年には最新鋭の「テクノファームけいはんな」(日産3万株=約3トン規模)を稼働させ、大規模自動化による安定生産を実証しています。

スプレッドは2022年にシリーズAで40億円の大型資金調達を行い、世界最大級・日産10トンのレタス工場建設に乗り出すなど事業拡大中です。同社は生産から販売までバリューチェーンを一貫統合し、全国約4,500店舗に商品を供給する流通網を築いた点が強みであり、累計9,000万食以上の野菜を出荷する実績を誇ります。生産ノウハウと販路構築力の両立が黒字化の秘訣で、これは他の追随を許さない成功要因と評価されていました(※ただし、同社は2024年8月に民事再生の申し立てを実施することとなり、結果としては経営として継続することが容易でないことが表面化しました)。

他の成功事例としては、MIRAI株式会社が挙げられます。MIRAIは千葉・宮城などで完全人工光型工場を運営し、2011年の震災で被災しつつもGE社と提携して再建するなど、高品質野菜の大量生産を実現したパイオニアです。無農薬栽培と土地面積あたり50〜100倍の高い生産性、使用水量1/50といった効率で注目され、現在は海外事業展開や他社へのノウハウ提供も行っています。

またNTT西日本は通信インフラ企業ながら2018年よりいちごの完全閉鎖型周年栽培「N.BERRY」に挑戦し、高品質ないちごを安定生産する取り組みを進めています。IT技術を駆使し「いつでも・どこでも・誰でも」いちごを作れる環境構築を目指しており、異常気象に左右されない果実生産のモデルケースとなっています。

失敗事例

一方、失敗事例も数多く報告されています。前述の東芝やパナソニックの例に加え、中小・地域主導のプロジェクトでも挫折がありました。

例えば沖縄県のおおぎみファームはレタスやハーブを生産していましたが、生産体制の不安定さから安定供給に支障をきたし、親会社が継続困難と判断して2017年に解散しています。販売先のニーズはあったものの、品質と数量の両立に課題があり軌道に乗せられませんでした。前述のNKアグリも、大規模施設と独自ブランドで一時は事業を拡大しましたが、創業から撤退まで一貫して赤字で、初期コスト負担や自然災害リスクに耐えられず撤退に至りました。

このケースからは、大規模化しても黒字化できない事例がある一方で、長期的赤字に耐え得る資金力やリスク管理の重要性が浮き彫りになります。

業界全体としてみれば、植物工場ビジネスの収支は厳しく、国内の植物工場の約半数は赤字との調査結果もあります。JPFA(日本施設園芸協会)の調査によれば直近数年間の決算で黒字は全体の35%程度に留まり、残りは赤字または収支トントンが占めています。特にエネルギー価格高騰やコロナ禍で販路が減少した影響を受け、近年は赤字転落する施設が増えました。

それでもなお、天候リスクの少ない計画生産のメリットから新規参入は続いており、成功と失敗の明暗がくっきり分かれているのが現状です。

総じて、日本における成功例は技術力と経営力を兼ね備えた一部企業に限られ、多くの事業者は採算確保に苦戦しています。しかし、その中から得られた経験は業界の知見として蓄積され、新たな挑戦への糧となっています。

海外における植物工場の事例:米欧からアジアまで

欧米でのブームと淘汰

海外でも2010年代以降、植物工場(垂直農場)への関心が急速に高まりました。

特に北米では2013~2016年頃にスタートアップが続々誕生し、いわゆる「ビッグ4」と呼ばれた AeroFarms、Bowery Farming、Plenty、80 Acres Farms が2017~2019年にかけて相次いで累計1億ドル超の巨額資金を調達しました。またドイツ発のInfarmや、日系米国企業のOishii Farm(ニューヨーク、本格的ないちごの垂直栽培で有名)も数億ドル単位の資金調達に成功し、業界を牽引しました。欧米では他にKalera(米国、レタス栽培)が2022年にNASDAQ上場を果たすなど、スタートアップブームがピークに達しました。

しかし、2022年以降に状況が一変します。欧米の金融引き締めやエネルギーコスト高騰を背景に、過熱していた投資環境が冷え込み、AeroFarms、Infarm、Kaleraといった業界有力企業が2023年には相次いで経営破綻や法的整理申請に追い込まれました。

過度な期待を背負った急成長の反動で資金繰りに行き詰まり、垂直農場バブルの崩壊とも言える淘汰が進んだのです。例えば、世界最大級の垂直農場と称されたAeroFarms(米国)は度重なる増資にも関わらず赤字が解消せず2023年に破産法適用を申請し、Infarm(独)も各国から撤退し事実上経営破綻しました。

欧米の事例から、巨額投資を受けたからといって成功が保証されるわけではない現実が浮き彫りになっています。

世界で成長を続ける企業と新たな動き

その一方で、厳しい環境下でも成長を続ける企業も存在します。

米国のPlentyやBowery、80 Acres Farmsは依然として大規模施設を展開し、ウォルマートなど大手流通との提携で販路を拡大しています。またOishii Farm高級いちごの量産化に成功し、日本品種のとちおとめを室内栽培で年間収穫するモデルを確立しています。

ZERO Farms(伊)も先進的な植物工場を展開し欧州で台頭、SANANBIO(中)は半導体メーカー資本を背景に巨額投資で開発を加速させています。さらに2023年にはEmirates Crop One(UAE・米合弁)が世界最大級の垂直農場をドバイに開設するなど、中東やアジアでも大型プロジェクトが始動しています。

中国では政府主導での植物工場研究・導入が盛んで、温室による大規模施設園芸と並行して人工光型の実証が進んでいます。

各地域の状況

ヨーロッパに目を向けると、伝統的に温室(グリーンハウス)栽培で世界をリードしてきたオランダでは、人工光型への関心は長らく低調でした。同国は太陽光利用型の高度環境制御技術でトップを走り、大規模温室による効率的生産が定着しています。

ただ近年はエネルギー価格の高騰やロシア・ウクライナ戦争による天然ガス供給不安で、冬季栽培のコスト増に直面し、一部では暖房を止めて栽培休止する温室も出てきました。そうした背景から、年間を通じた安定供給手段として人工光型にも再評価の機運が生まれつつあります。

ドイツや北欧でもInfarmに象徴されるように都市型垂直農場が注目されましたが、電力料金の高い欧州では経営が特に難しく、環境負荷への世論も厳しいため、いかに省エネで持続可能な運営にするかが課題となっています。

アジアではシンガポールが国家的に都市農業を推進し、限られた国土で食料自給率向上を図るために植物工場への補助や規制緩和を行っています。日本企業パナソニックもシンガポールに進出し現地で野菜工場を運営するなどしています。

台湾や韓国でも政府支援のもと垂直農場の導入が進み、特に台湾はLED産業との相乗効果で安価な設備を輸出するなどしています。中国では前述のSananbioや京東(JD.com)の大型施設など、桁違いの投資額で次世代農業インフラを整備しようとする動きがみられます。

海外事例からは、事業モデルの多様性もうかがえます。

米国のようにベンチャーキャピタルから巨額の資金を集め、大量生産で単価低減と広域流通を狙うモデル。欧州のようにレストランや小売店の店内・近郊でミニ植物工場を置く分散小規模モデル(Infarmのかつてのモデル)がありました。アジアでは政府が食料安全保障やハイテク産業として位置づけ、大企業主体でインフラ化を目指すケースもあります。

いずれにせよ、最新のトレンドとしては「エネルギー効率」「事業収益性」の両面をクリアできないと生き残れず、各社が照明や空調の効率化、自動化・省力化、新規作物開発などにしのぎを削っています。

日本と海外の取り組みの違いと共通点

取り組みの違い

日本と海外の植物工場への取り組みには、歴史的背景や市場環境の違いからくる対照的な点が見られます。日本は1980年代から研究と実証を積み重ねた先行国であり、LED普及以前の時代から官民で技術開発を続けてきました。その結果、2015年頃までは日本企業が植物工場技術で優位性を持っていました。

例えば光源のLED化や栽培棚の多段化、省力化ノウハウなどは日本が先んじて実用化しています。一方で、日本国内市場は野菜価格が比較的安定しており、大量生産しても高値で売れるわけではないため、小規模・実証目的の施設が長らく多かった経緯があります。

2009年の補助金ブーム時にも、新規参入の6割以上が日産500株未満の小規模施設で、実験や店舗内消費(店産店消)目的が中心でした。このため、商業ベースの大規模工場化は遅れ、収益事業として軌道に乗り始めたのはここ10年ほどに過ぎません。

対して海外(特に米国)は、2010年代半ばからスタートアップへの投資ブームに乗って一気に大規模ビジネス化が進みました。広大な市場とリスクマネーを背景に、最初から大規模施設×先端テクノロジーを掲げる企業が台頭し、結果として施設規模や調達資金では日本を凌駕する存在が現れました。

例えばPlenty社は1施設で年数千トン規模のレタス生産を計画し、ソフトバンク等から200億円超の出資を受けています(現在進行形ではありますが)。このように「まず資金とスケールありき」で攻めたのが海外勢の特徴でした。

しかし、資金環境が変わると撤退・破綻が相次いだ点は前述の通りで、日本以上に振れ幅が大きいと言えます。

共通点

共通点としては、技術トレンドや直面する課題が類似している点です。

日本も海外も主力作物は葉物野菜(レタス類)で、他品目(イチゴやトマトなど果菜類)は一部を除きまだ小規模に留まっています。コスト削減の鍵は照明・空調など光熱費と人件費であり、各国でLED効率化や栽培環境の最適化、自動化技術が追求されています。また、エネルギー価格変動に弱いという共通課題も露呈しました。

日本では電力料金上昇で赤字転落が増え、欧州でもガス高騰で温室稼働が困難になりました。米国でも電気代・物流費の高騰は垂直農場に打撃を与えています。したがって「いかにエネルギー負荷を下げるか」は世界共通のテーマです。

もう一点、市場ニーズへの向き合い方も各国で共通する点があります。植物工場野菜は価格が高めになるため、単に「安全・無農薬」で差別化するだけでは売れないという現実です。そこで日本企業は低カリウムレタスなど機能性野菜で付加価値を付けたり、海外企業は品種改良で味や鮮度を高めて「おいしさ」で勝負する戦略(例:AeroFarmsの高級レタス、Oishiiの高糖度いちご)を取っています。

「おいしくて希少なものを安定供給する」ことが消費者の支持を得る鍵である点は共通認識と言えるでしょう。

また、日本では補助金や行政支援による下支えが比較的手厚く、実証研究ベースから始まったのに対し、海外では民間資金主導でビジネス優先に展開してきました。この差はありますが、近年日本政府も食料安全保障や環境政策の中で植物工場に注目しつつあり、国策の一環として取り組む流れは共通してきています。

総じて、日本は漸進的に経験値を積んできた分堅実だがスピードに欠け、海外は大胆だが不安定さもあるという対照的な面がありました。しかし現在は双方とも真の持続可能なモデルを模索する段階に入り、技術・経営の両面で収斂しつつあるように見えます。

日本企業も海外の成功組に負けない資金力と技術力を身につけ、グローバル競争に挑む局面に来ていると言えるでしょう。

植物工場が抱える失敗の本質と課題

日本・海外問わず、多くの植物工場事業が直面する失敗の本質には共通する要因が存在します。技術面・ビジネス面・社会的要因に分類して考察してみます。

技術的課題

植物工場の運営には高度な栽培技術と環境制御ノウハウが要求されます。失敗する事例では、生産ノウハウの不足から来るトラブルがしばしば見受けられました。

例えば、生育ムラが出て収量目標に届かない、病害を完全に防げず想定外の廃棄が発生する、生理障害で商品価値が下がる等です。また、照明や空調など機器の選定ミス・設計不備で光熱費が想定以上にかさみ採算が悪化するといったケースもあります。

東芝の事例では、蛍光灯主体の旧式設備でエネルギー費用が高止まりし、運営を続けるほど赤字が膨らむという悪循環に陥りました。技術革新のスピードも早く、最新設備を導入した工場でも数年後には陳腐化して競争力を失うリスクがあります。このように、技術的優位を持続する難しさが失敗の一因となります。

ビジネスモデル・収益性の課題

最大のハードルは経済性です。

植物工場は初期投資が巨額で、さらに人工光型では日々の電気代や人件費などランニングコストも高額になります。にもかかわらず生産するのは付加価値の低い葉物野菜が中心で、従来の露地栽培品と市場で競合せざるを得ません。

「市場ニーズと生産計画のミスマッチ」こそが多くの事業の躓きの原因と指摘されています。つまり、従来野菜と同程度の価格で売る前提ではコストに見合わず、結果的に赤字になるということです。

東芝は年間3億円の売上を計画したものの達成できず撤退しました。NKアグリもスーパーへの販路を広げながら事業開始以来赤字から脱せず撤退しています。多くの事例で売上予測の甘さや販路構築の不備が見られ、せっかく良いものを作っても十分な量を継続販売できないまま資金が尽きています。

また、一部事業では補助金頼みで採算度外視で始めたものの、補助が切れた途端経営が立ち行かなくなる例もありました。加えて、日本では障がい者雇用や地域振興などビジネス以外の目的と抱き合わせで始まるケースもあり(実際、植物工場は雇用創出や遊休施設活用策としても注目されました)、採算が二の次となった事業は長続きしません。

人的・社会的課題

人材確保と社会からの支持という点でも課題があります。

高専卒・大卒の若手人材が参入している一方で、現場では依然「農業の勘所」を持つ人が不足しがちです。

パナソニックの例では、旧工場再利用で設備は揃っていたものの肝心の栽培ノウハウ人材を確保できず、伝統的農業との差別化ができないまま終わりました。このように異業種から参入した企業ほど農業知見の蓄積不足に悩まされます。また社会的には、消費者にとって植物工場野菜は「高くて味が落ちる」イメージが根強いという指摘もあります。

無農薬で清潔でも、「高い割においしくないなら要らない」と思われれば市場が広がりません。この消費者意識とのギャップも事業継続を難しくする要因です。さらに、自然環境要因としては、台風や地震といった災害で設備が被災し経営不能になるリスクもあります(NKアグリは大型台風被害が撤退の一因となりました)。昨今ではパンデミックによる需要変動(外食産業向け需要の急減など)も経営を直撃しました。

以上のように、植物工場の失敗は「技術・経営・市場」の総合力が不足した時に起こりやすいと言えます。特に「コストに見合う付加価値をどう創出するか」という根本命題を解決できないと、どんな企業でも長期的成功は難しいでしょう。逆に言えば、これら課題を乗り越える道筋が見えれば事業成功に近づくわけで、次項ではその鍵について考えます。

植物工場ビジネス成功のカギ

多くの失敗事例から学ぶことで、植物工場を成功させるためのカギが浮かび上がっています。以下に主要なポイントを整理します。

長期的視点の事業計画

初期投資が大きい以上、3~5年以上の長期計画で黒字転換までの資金計画・増資計画を練る必要があります。流行に乗って短期で結果を出そうとせず、設備更新や技術進歩も織り込んだ柔軟な計画が求められます。

資本的体力がなければ大規模化も難しいため、資金調達力やパートナー企業との連携も視野に入れるべきでしょう。成功企業は例外なく長期ビジョンを掲げ、赤字期間を耐え抜く覚悟と資源を持っています(スプレッドも黒字化まで6年を要しました)。

生産規模の拡大と自動化

黒字化には量産効果の追求が不可欠です。一定規模以上で生産することで単価引き下げや固定費圧縮が可能になり、販路も大口取引が見込めます。実際、大規模な太陽光型PFでは栽培面積2万㎡未満の事業者より2万㎡以上の方が収益が良い傾向との調査結果があります。

また、完全自動化・省人化も利益のカギです。人件費削減だけでなく、生産品質を人に依存しないことで安定性が向上します。昨今のロボット技術やIoTを駆使すれば、播種から収穫・包装まで自動ライン化も現実的です。

スプレッドは「テクノファームけいはんな」で大幅な自動化を導入し、稼働率99%という驚異的な安定稼働を実現しました。ASCIIの分析でも、「倒産ばかりの植物工場に光明をもたらすカギは完全自動化である」と指摘されています。要はスケール×テクノロジーで生産効率を極限まで高めることが成功への近道です。

付加価値戦略と差別化

量の追求と同時に、何を作るかも重要です。競合他社と同じ葉物を同じように作っていては価格競争に陥ります。そこで、高付加価値野菜やユニークな品目で差別化する戦略が有効です。

例えば、富士通やパナソニックが着目した低カリウムレタスは腎臓病患者向けの特定需要を掘り起こしました。他にも、冬場に需要が高まるハーブやベビーリーフ、外食チェーン向けにカット済みサラダミックスなど、「ここでしか手に入らない」価値を付けることです。

ターゲット市場の明確化と商品企画力が問われます。また現在は難しくても、将来的には医療用植物(ワクチン原料植物やCBD用途の大麻など)への展開も期待されています。品目拡充こそが業界飛躍のポイントになるとの指摘もあり、今後ニッチでも高収益な作物開発に成功すれば、一気にビジネスモデルが安定するでしょう。

販路構築とマーケティング

良い商品ができても売れなければ意味がありません。成功企業はたいてい強固な販売ネットワークを持っています。スプレッドは青果流通の出身者が創業し、スーパー約4,500店舗に直接販売網を築きました。デリファーム株式会社のように、飲食店が使いやすいよう一口大にカット加工して鮮度保持パッケージで届けるなど、ユーザー目線のサービスで差別化した例もあります。このように流通・販売まで含めたバリューチェーン戦略が重要です。大手と組んでブランド展開するのも一策でしょう。実際、米国では大手小売と提携する垂直農場が多く、安定供給の信頼感を高めています。日本でもコンビニのローソンが店内栽培野菜を実験導入したり、外食チェーンが自社工場を持つ動きが出ています。マーケティング面では、消費者教育やブランドづくりも必要です。「無農薬・清潔・安心」といった価値や、「地元でこの野菜が年中食べられる」といった利点を発信し、価格以上の魅力を訴求する努力が求められます。

コスト削減とエネルギー対応

植物工場成功の裏には地道なコスト削減努力があります。

例えばパナソニックは蛍光灯をLEDに換えるだけで20%のランニングコスト減、さらに光・空調制御の工夫で60%削減を達成したと発表しました。省エネ設備投資の回収には時間がかかりますが、長期的には必須の取り組みです。特に電力については、再生可能エネルギーの活用が将来の鍵となります。

野村証券のレポートでは「電気エネルギー自律型」の植物工場、すなわち太陽光発電などで必要電力を自給し、排熱や排水もすべて再利用するゼロエミッション植物工場が究極の目標とされています。現状では工場面積の数倍の太陽光パネル設置が必要など容易ではないものの、蓄電池コストの低下や発電効率向上で可能性は高まっています。

実際、米国Oishii Farmは隣接する大型太陽光発電所から電力供給を受けるメガファームを2023年に稼働させており、海外ではエネルギー自給型への動きが始まっています。日本国内でも複数の事業者が太陽光併設に取り組んでおり、今後電力コスト低下により加速するでしょう。

また、需要に応じた電力制御(ディマンドレスポンス)や地域の分散電源との連携(VPP, マイクログリッド)など、エネルギー面でのイノベーションも植物工場には追い風となります。要するに、エネルギー課題の克服こそが植物工場ビジネス確立の最大のポイントであり、ここに成功すればゲームチェンジが起こると予想されます。

支援制度・パートナー活用

最後に、公的支援や専門企業の活用も成功率を高めます。

日本では2021年に「みどりの食料システム戦略」が策定され、食料安定供給や持続可能な農業の一環として植物工場も位置づけられました。省エネ設備導入や再エネ活用に対する補助・融資制度も整えられつつあります。これら政策支援を上手に利用し、初期コストの圧縮や研究開発補助金の獲得に努めるべきです。

また、すでに実績のある企業からサポートを受けるのも有効です。専門コンサルやプラントメーカーに事業計画策定やメンテナンスを委ねれば、初心者が手探りで進めるより成功率は上がります。実際、環境エンジニアリング企業のベジ・ファクトリー(大気社グループ)は自社工場で結球レタスの量産化に成功するとともに、他社へのプラント販売・運営支援を行っており、高効率LEDや空調技術をパッケージ提供しています。このようにオープンイノベーション型で知見を共有し合うことも、業界全体の底上げにつながるでしょう。

以上のポイントを総合すれば、「長期計画×規模拡大×技術革新×付加価値×販路構築×省エネ×協業」が成功のキーワードとなります。一朝一夕にすべて実現するのは困難ですが、逆に言えばこれらを着実に押さえたプロジェクトこそ、次世代の植物工場ビジネスの勝者となり得るのです。

未来の展望:人口増加・気候変動・食料問題における植物工場の可能性

地球規模で見たとき、植物工場には従来農業の限界を補完し、人類の食料問題を解決し得る大きな可能性があります。その期待が高まる背景には、21世紀に入って顕在化した人口爆発と気候変動という二大課題があります。

課題解決への貢献

世界人口は増加の一途をたどり、2050年には約97億人に達すると予測されています。食料需要も比例して増加し、一方で耕地面積の拡大余地は乏しくなっています。

緑の革命以降、穀物単収の伸びも鈍化し、地球全体で消費量が生産量を上回る年さえ出てきました。さらに異常気象の頻発や海面上昇などにより「これまで農業適地だった地域が非適地化する」懸念も現実味を帯びています。実際、豪雨や干ばつ、熱波による不作被害が世界各地で報告され、気象災害は食料供給のみならずエネルギー供給にもリスクを及ぼしています。極論すれば「いずれ露地では農作物が作れなくなるのではないか」という危機感すら語られる状況です。

こうした中で、植物工場への期待が改めて高まっています。

従来は「露地で作れる作物を場所や季節を問わず周年生産する」ことが植物工場の役割でした。しかし今後はそれに留まらず、「露地や温室ではほぼ不可能なものを最小の環境負荷で作り出す」ことができれば、その可能性は無限に広がると指摘されています。

例えば、砂漠や極寒地での野菜生産、宇宙空間での食料生産、あるいは医薬品や培養肉の原料となる特殊植物の量産など、次世代の植物工場は食料供給装置の枠を超えた役割を担いうるのです。

エネルギーインフラとの親和性

さらに、植物工場はエネルギーインフラとも親和性が高いと考えられます。電力を大量消費する側面ばかり強調されがちですが、逆に再生可能エネルギーを効率的に活用・蓄える需要家として重要なピースになり得ます。

分散型エネルギーシステムへの転換が進む中、地域に太陽光や風力の発電設備を導入し、それらから得た電力を植物工場で24時間有効利用する——このサイクルはエネルギーの地産地消と食料生産を結びつける理想的モデルです。災害時にも食料と電力を地域で賄える強靭性を生み、地域活性化にもつながります。

国策としても、植物工場を単なる「野菜工場」ではなく食料・エネルギー・環境の統合プラットフォームと捉え、広範な活用を検討すべきだとの提言もあります。

環境持続可能性と食料安全保障

環境面での持続可能性も重要です。現在、人工光型植物工場は電力由来のCO2排出や廃液処理などで環境負荷があるとの批判があります。しかし、技術次第では最も環境負荷の低い農業形態になり得ます。

再生エネで電力を賄い、養液も完全循環、廃棄物も出さない「クローズドループ」が実現すれば、露地栽培より格段に環境負荷ゼロに近づくからです。欧州では既に「この食品を生産するのにどれだけCO2を排出したか」を消費者が気にするようになっており、将来日本でもカーボンフットプリント表示が求められるかもしれません。その時、植物工場産野菜が「クリーンな野菜」になっていれば、社会的評価は一転し大きな追い風となるでしょう。

最後に、植物工場は食料安全保障の切り札にもなります。

パンデミックや戦争でサプライチェーンが混乱し輸入に頼れなくなった場合、国内の閉鎖環境で最低限の食料生産を維持できることは戦略的に重要です。日本の食料自給率は低く脆弱性が指摘されていますが、都市近郊に植物工場ネットワークを整備しておけば、葉物野菜や一部果物については安定供給が可能になります。

実際、コロナ禍以降各国政府が垂直農場に注目し始めたのは、「有事に備えた国内生産力確保」の意味合いもあります。日本政府も次世代のスマート農業推進の中で植物工場を支援する姿勢を打ち出しており、補助金頼みではない自立した産業として育てる方向です。

以上のように、人口増による食糧需給逼迫、気候変動による農業リスク、国際情勢による供給不安といったグローバル課題に対し、植物工場は一筋の光明をもたらす可能性があります。もっとも、それは課題を全て克服できた時に初めて実現する未来像です。

幸い、技術は日進月歩で進化しつつあり、電力効率も作業効率も年々向上しています。AIによる栽培最適化や、新品種の開発、さらには培養植物や細胞農業との融合など、未来の植物工場は今の延長とは違う姿になっているかもしれません。「環境負荷ゼロ・食料不足ゼロ」を目指すプラットフォームとして、植物工場はこれからの農業の一翼を担うでしょう。

その未来を切り拓く鍵は、現在直面する数々の課題を一つずつ解決していくことに他なりません。技術者・研究者・企業家たちの挑戦が続く限り、植物工場は必ずやより持続可能で収益性の高いモデルへと進化していくでしょう。

やがて、増え続ける世界の人々に安定した食料を届け、気候変動にも揺るがない新たな食料生産インフラとしての地位を確立する日が来ることが期待されます。現在はまさにその「転換期」にあり、日本発の知見と世界の新たな知恵を融合させながら、植物工場ビジネスは未来へ向けて歩みを進めているのです。

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